日本ベトナム友好協会大阪府連合会

7.田舎の診療所に最新の機械を贈ることはよいことか?

 ベトナム戦争中から現在まで、枯葉剤被害者に限らず、たくさんの医療分野での支援がおこなわれています。ホーチミン市やハノイの医療機関だけでなく、農村部に援助に入っている専門家もあちこちにいます。すばらしいことです。それに水を差してはいけないのですが、ひとつ問題があります。

 先日も、ある田舎の病院が機械設備がなくて困っているので、最新の検査設備を贈呈するんだと熱心に話している方と会いましたが、国際援助の専門家がそこにいたら、「そんなことはやめろ」ととっちめたかもしれません。

 読者のなかで「最新のコンピューター」の機能がじゅうぶん使いこなせる人はどれだけいますか? 医療専門家なら医療用の機器は使えるはずだ? ベトナムの田舎の医者のなかに最新機器の研修を受けたことのある人がたくさんいると思いますか? 向こうは人情として「最新の」「高級な」機械をほしがるでしょうが。

 ベトナムでは都会でも田舎でも電圧がきわめて不安定なことと、おそるべき湿気のために、電気を使う機器はすぐ故障します。皆さんは故障したパソコンを自分で直せますか? 「ベトナム人は修理の天才だ」とよく言いますが、田舎で修理できるものには限度があるでしょう。それとも、援助を必要とする人には払えないような高い修理代がかかるかもしれません。

 発展途上国に対する援助の現場では昔から、このことが問題になってきました。アジアでもアフリカでも、援助側は善意で最新の機械を贈る(企業はその善意につけこんで最新の高い機器を買わせようとする)、受ける側も背伸びをして、あるいは見栄のために無理をしてそれを受け取る、でもけっきょく使いこなせなかったりすぐ故障して、がらくたの山ができる、という事態がいたるところで起きてきたのです。いまは学校でも「開発教育」でこういう話を教えたりしていますので、これを知らない人は「不勉強」といわれてもしかたがないかもしれません。

 こうなるのを避ける方法は、3つはあるでしょう。第一はちょっと旧式でも相手に楽に使える品、丈夫で修理も容易な品を探して贈ること。第二は、その機器の耐用期限が来るまで、アフターサービスをこちらで保証すること。自分で使えない高級機器をあえて受け取り、じきに転売してしまうようなケースもありますから、その見張りをつづけることも必要でしょう。第三は、相手の技術者を日本に招待して研修を受けさせるなど、物の援助だけでなく技術の向上を助けること。

 そこまで考えないと、途上国支援はできないのかですって? そうです。
せっかくの高い機械がすぐ壊れたら、得をするのは企業だけでしょう。それに、電子機器類はむやみに廃棄させると環境破壊につながりますが、ベトナムの田舎に廃棄家電を処理する施設がととのっているとは聞きません。また、一度便利な機械を知ってしまうと、以前は当たり前だった手仕事に戻りにくいのは、どこの人でも同じです。もらった機械はすぐ壊れ、しかし代わりが手に入るあてはない、という状態は相手に気の毒です。あなたは、こんな事態を引き起こして平気なのですか? それで「良いことをした」という自己満足だけが残るような援助は、してほしくありませんね。