日本ベトナム友好協会大阪府連合会

4.社会主義はどこへ行ったのか?

 かつてベトナム人民支援運動をしたような年配のみなさんには、市場経済化が進んだ現在のベトナムを見て、「社会主義の理想はどこに行ったのだ」と嘆いたりいぶかしく思う方が少なくないでしょう。今回はそういう方のための解説です。

 まずみなさんには、若き日に読まれたマルクスの「弁証法的な」考え方を思い出してもらわねばなりません。そして、ベトナム戦争のころまで日本で「これが社会主義だ」と信じられていた原理のかなりの部分は、マルクスとエンゲルスが弁証法哲学の巨匠へーゲルを批判したことばがそっくり当てはまる、「閉じた体系をつくってしまうことによる弁証法からの逸脱」をしていたのです。

 抽象的な話をもう少しだけがまんしていただけば、「生産財の私有を廃止して国有や共同所有にすれば、労働者(生産者)の搾取はなくなる」という理論はすでに破綻しています。工場労働者からでなければ農民から(ソ連型・中国型社会主義のケース)、国内からでなければ外国から、残念ながらどこかで搾取をしないと、社会発展に必要な資本蓄積はやはりできないのです。

 格差社会で働く資本主義国の労働者はますます猛烈な搾取を受けていますが、だからといって私有財産制を廃止しても、それで社会主義だとは言えないのです。ソ連や中国の失敗は、「あるべき理想の社会主義から脱線したためだ」というのは初心者向けの説明であって、中上級レベルの説明をすれば、現在だれも「こういう状態が社会主義だ」という定義はできないのです。あるのは「非資本主義的な発展をめざす国家やそれを模索する運動」だけです。

 でも社会主義になったら、福祉・医療・教育などが充実するはずだ? たしかに同じくらいの経済力の資本主義国と比べればその通りです。ただ問題は、ソ連が崩壊した1991年ごろには、先進資本主義国の一人当たりGDPが、ソ連の十倍、中国数十倍の水準に達していたことです。こうなると、先進資本主義国の「貧困な福祉」でも「社会主義国よりよっぽどまし」になってしまったのです。旧ソ連や中国の環境破壊の深刻さは言うまでもありません。

 むかし、弁証法哲学を習った方は、ここで「量が質に転化する」という法則を思い出してください。先進資本主義社会にいくらひどい問題があろうが、ここまで差がつくと社会主義国側の人民は耐えられなくなり、資本主義という体制そのものがバラ色に見えてしまうのです。自分より数十倍豊かな相手が「札束が服を着て歩いている」ように見える感覚を否定するのは、「存在が意識を規定する」という唯物論哲学の根本命題を否定する「観念論」ないし「宗教思想」でしょう。

 ベトナムの話に戻りましょう。植民地支配と長年の戦争の結果、ベトナムの経済や工業技術の水準は、低いままでした。1980年代でもまだ自力で良質の鋼鉄を製造する能力はほとんどありませんでしたから、日本でいえば日露戦争前の水準です。ドイモイ前の数年間、ベトナムは「世界最貧国」の一つでした。

 年配の方は、資本主義、社会主義などの「生産様式」は、「生産力と生産関係」で決まるという理屈を思い出してください(社会主義化=生産手段の公有化によって、搾取をしないままで資本主義を「追い抜く」のだという屁理屈は、「搾取がなくなる」論といっしょに破綻しています)。一定の生産力がなければ、社会主義は実現できないのです。

 人工衛星や核兵器を作る経済力・技術力をもっていたソ連や中国の社会主義ですら、今日では、後発国が強権支配のもとで工業化を強行するという意味で、かつての韓国や台湾、インドネシアなどと同じ「開発独裁」の一形態だったのだという理解がされています(つまり、民主的に搾取なしで発展しようというしくみではなかった)。
そこにすら全然達していない水準で小国ベトナムに実現できた社会主義というのは、けっきょく解放戦争という「みんなが燃えている異常事態」に、ソ連・中国などから湯水のごとき援助をえて、それを国民に平等に分配し、あわせて国民を解放戦争にむけて効率的に動員するシステムだった、というのが今日の客観的な評価でしょう、それはアメリカを追い出すという偉大な成果をあげましたが、その後の平和的な国家建設をソ連型で進めようとしてもうまくいくはずはなく、その点は「唯意志論」におちいった誤りだったと、ドイモイ後のベトナム共産党ははっきり自己批判しています。

 では、現在のベトナムは、社会主義と無縁の社会になってしまったのでしょうか。

 GDPやGNPは計算方法によって数値が変わりますが、ベトナムが今なおフィリピンやインドネシアより低い水準にあることはまちがいありません。世界の「発展途上国」のなかでも中ぐらい、一人当たりGDPは中国の半分以下です。

 そういう国々のなかで、ベトナムのように、教育も医療も基本部分はタダ、年金や奨学金も少額とはいえ保証されている、という国がどこにあるでしょうか。あったら教えてください。

ベトナム013.jpg 良い医療、良い教育にはたしかにカネがいります。しかし、この経済力で基本部分は死守している、貧富の格差はあるけれども中国よりずっと小さい、環境対策もやり始めている、一党制の下でもけっこう民主化している面がある、これを「社会主義の優位性」「ホーおじさんの遺産」と言わずしてなんと言うのでしょう。

 ドイモイの最初からベトナムを見てきた私は、感嘆を禁じることができません。ドイモイ後の、とくにホーチミン市しか知らないような若い方にも、一党独裁の面も含めて、ベトナムが今でも社会主義国である点を理解していただきたい。

 それじゃあつまらない、日本よりすばらしい面がなければ? そういう「青い鳥を探して」外国と交流しようという考え、要するに前回の最後に書いた話と同じ「自分のためしか考えない国際交流」は、日本人の悪いクセです。それは結局、卑屈に相手に追従するか、相手を見下すかどちらかにしかなりません。もっと平等で等身大の交流ができるように、年配の皆さんは唯物論と弁証法を勉強しなおして下さい。