日本ベトナム友好協会大阪府連合会/なんでもベトナム・雑学エッセイ4

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8月革命とベトナムの独立

 いまごろの時期にベトナムのテレビを見ると、たいてい「8月革命」を題材にしたドラマなどをやっています。「8月15日直前の日本兵」などが話の枕で出てくることもよくあります。9月2日の独立記念日(ナショナルデー、国慶の日)は、日本の降伏直後におこなわれた「8月革命」が成功して「ベトナム民主共和国臨時政府」が作られ、ホー・チ・ミン主席がその代表として独立宣言をおこなった日なのです。
 
 ホー・チ・ミンひきいる「ベトミン」という組織は、北部山地を中心に抗日ゲリラ活動をしていました。1945年8月、日本がまもなく降伏するという情報をえたベトミンは、タンチャオ(現トゥエンクアン省)という場所で14~15日に会議を開いて総放棄を決め、つづいて16~17日には各組織の代表を集めた「国民大会」を同所で開催して臨時政府を選出、金星紅旗を国旗に決めました。
 
 8月19日、ハノイをはじめ各地でベトミン・臨時政府の実力行動が開始され、28日までに全国の行政権をほぼ掌握しました。中部のフエでは30日に、フランス(1945年3月9日のクーデタ以降は日本)のかいらい政権として存続していたフエン朝のバオダイ帝が、臨時政府代表チャン・フイ・リエウ立ち会いのもとで退位式をおこないました。
 
 こうして9月2日に、ハノイのフランス総督府前にあるバーディン広場で独立記念式典が挙行され、ホー・チ・ミン主席がみずから起草した独立宣言を読み上げました。翌46年1月の総選挙をへて46年3月には正式な政府が発足しましたが、独立を認めないフランスとのあいだで46年末から全面戦争(第一次インドシナ戦争)が始まります。そこから1975年の南部解放まで、ベトナム人民が「30年の闘争」を続けなければならなかったことは、みなさんご存じのとおりです。
 

img487.jpg最初に印刷された独立宣言。事実出版社1975年版より

 

 日本の大学の入試問題で何度か出題されていますが、ホー・チ・ミン主席(国際共産主義の有名な活動家!)の独立宣言は、アメリカ合衆国独立宣言とフランス革命の人権宣言の引用から始まります。これらが主張する人間の自由や平等は普遍的真理であるのに、なぜ「自由・平等・友愛」をかかげるフランスがわが国を侵略・支配するのか、わがベトナム民族も当然に自由と独立の権利をもち、いまそれを行使するのだ、というわけです。日本の占領下での大量餓死事件などもふれられており、「事実は、わが人民はベトナムを日本の手から奪い返したのであってフランスの手からではない」と書かれています。
 
 深い内容をわかりやすく書いたり話す天才だったホー主席による独立宣言の文章を読めば、フランスはもちろん、のちのアメリカの介入も間違っていることは一目瞭然です。新日本文庫(『わが民族は英雄』)などで和訳がありますし、ベトナム語を勉強中のみなさんは、とても読みやすい名文ですので、ぜひ原文で読んでみて下さい(府連講座中級の暗誦教材にもぴったりです)。
 

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