日本ベトナム友好協会大阪府連合会

 

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第6話 ベトナムの村は昔の日本の村とそっくり?

 観光・ビジネスなどでベトナムを訪れても、ほとんどの場合、ひとびとの暮らしをゆっくり観察できるのは都会だけでしょう。農村・漁村や山村のようすは、一部の観光地の周辺を別として、まだあまり知られていません。
 
 いっぽう、地方の観光地へ行く途中などでベトナムの村に立ち寄った日本人は、「昔の日本の村とそっくりだ」という感想をもたれる方がとても多いですね。これは、正しい面と、「いまの日本人は都会っ子ばかりで村の生活を知らないから、こんな誤解をする」という面と、両方あります。ではベトナムの村社会はどんなものでしょうか。少数民族の村はいろいろなので、ここではキン族(ベト族)の農村のことをご紹介しましょう。
 第4話で書いたとおり、ベトナムの村は「社」(サー)とよばれます。ただこれは「行政村」のことで、現在の社は昔の数か村をまとめたものが多いので、社の下にかならず、日常生活の単位となる「自然村」(日本でいう小字〈こあざ〉や集落)として、「ラン(廊の字を当てるが本来は漢字で書けない純ベト語)」「トン(村)」「アップ(邑)」などのまとまりがあります。
 
 歴史の古い北部・中部の村(自然村)は、地理学でいう集村がふつうで、ごちゃごちゃ家が固まった集落のまわりは木や竹、ときには人口の塀で囲まれて、外から内部を見通すことができないようになっています。いっぽう田畑は集落と別にあり、そこには木がほとんどありません(果樹などはたいてい家のまわりに植えます)。
 
 いっぽう、17世紀以降に形成された南部の村は、デルタに無数に流れる川や人工の水路(昔は交通もすべて船だった)に沿って、家が1列にならんでいる「列村」形態に特徴があります。現在はこれが、道路沿いに変わりつつあります。どちらにしても、田んぼはそれぞれの家のうしろにあるのが基本です。田んぼの中やまわりにも、ヤシやその他の果樹、湿地にはえる「チャムの木」、乾燥地のアオギリやユーカリなど、たくさんの木がはえています。
 南部の村は、開拓地の水路沿いに家族ごとにバラバラに移住したケースが多いので、どこからどこまでがひとつの村なのかはっきりしないものを、適当に途中で区切っただけで、村としての集団意識は弱いといわれます。
 
 これに対し北部・中部の村は、江戸時代の日本の村と同じで、よそ者を受け入れない、きわめて強い集団意識と自律性をもつことが、「王様の法律も村のおきてに負ける」といったことわざとともに、ベトナム社会を解説したあらゆる教科書に書かれています。社会主義の「農業集団化」が北部でスムースに受け入れられたのも、このムラ意識と、その経済的基礎となった「公田」(村の土地の一部が村落の共有財産とされていた)の伝統があったためだとされています。村人のまとまりを精神面で象徴するのが、村の守護神(タインホアン)をまつった神社兼集会所にあたるディン(亭)です。
 
 村人のまとまりを作るのは、こういう「地縁」だけではありません。北部から南部までどこでも、村人は「ゾンホ」とよばれる父系の一族集団に属しています。ひとつ村にゾンホがひとつだけというケースはめずらしく、たいていは大小とりまぜて5つとか10のゾンホがあります。
ゾンホ(漢字で書けない純ベト語)は、中国の「宗族(そうぞく)」の影響でできた集団で、父系制であること、結婚は女性がよそのゾンホに嫁入りするのがふつうである点など、日本の家族と同じ点も多いです。ただ中国と同様「父子同姓」ですから、娘が嫁入りをしても夫の姓にあらためるようなことはありません。父からもらった姓を変えるのはかなりひどい親不孝ですから、子どもがいない家族が養子を取る場合は、原則上は自分のゾンホのなかで養子を取らねばなりません。
 

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 ゾンホはご先祖様の位牌をまつる「ニャートー(祀堂)」をもち、法事や葬儀には一族全員が集まるのが原則です。また有力なゾンホは、代々の系譜とおもな人物の業績などを書いた「家譜」をもっています。ドイモイ後は、チュア(仏教寺院)やデン、ディン(神社)とならんで、ニャートーがいたるところで復興しています。なお、中国ではそれぞれの宗族の成員がしばしば省をこえるような広い範囲に分布しているのに対し、ベトナムのゾンホはもともと、ほぼひとつの村の中だけでまとまった小規模なものでした。
 
 南部では村のまとまりがないかわりに、こうしたゾンホや有力な地主とその子分がつくる派閥、有力な寺院の信者集団、それにカオダイ教、ホアハオ教など新興宗教の組織が、村人のまとまりとして機能してきたのだと思われます。
 
 以上のように、ベトナムの村は日本と似た点がたしかにあります。昔は土壁やしっくいの壁、わらぶき屋根の家が多かった点もそうでしょう。ただキン族の農家は土間式で(ゴザを敷いて土間に寝るケースもあるが、木や竹の寝台に寝るのがふつう)、日本のような土間より高くなった床はほとんどありません。畳もありません。また北部では板壁がほとんどなく、逆に日本でめずらしいレンガの家が多いです。
 
 皆さんもベトナムの農家をのぞく機会があったら、ほかの共通点やちがいを探してみてください。
 

次回予告:「ベトナムにはいくつの少数民族が住んでいる?」 お楽しみに。

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